義弟のトヨタ86にプライドを傷つけられたので、ハチロクのガールポップを聴く
ヴォーンヴォンヴォンヴォンヴォン。ドゥルルルルルーン…ドゥルン。
何事かと思った。
我々夫婦の住む、こぢんまりとした平和な賃貸アパートにはおおよそふさわしくない、爆撃機のような大きなエンジン音が響いたのは、日曜日の朝のこと。まだ起き抜けの頭で、うすぼんやりと「キラキラ☆プリキュアアラモード」を見ているさなかであった。
「すわ、カチコミか!」と驚きベランダからアパートの駐車場を見下ろすと、そこには、メタリックシルバーのトヨタ86が重低音をとどろかせながらアイドリング駐車していた。その、いかにも乗り降りしにくそうな形状のドアから現れた、明るい茶髪の、いかにもチャラチャラオラオラした男が、妻の弟だと気付くのにそう時間はかからなかった。
そういえば、今日ウチに遊びに来るって嫁さんが言ってたな…。
そういえば、なんか派手なスポーツカー買ったって言ってたな…。
そういえば、初めて会った時からちょっと自分とは相容れないチャラオラな素質を感じたな…。
ヴォンヴォン唸るエンジン音に、「あ、オスとして負けてる」という感情が本能的に呼び起された。が、それを悟られぬよう、あくまで穏やかな笑顔で嫁さんとともに義弟を出迎え、「ふーん、なかなかいい車買ったじゃん」などと義兄としての余裕を演出したのだが、彼の「タジーも乗ってみる?あ、AT限定だから無理か」の一言で完全にプライドを打ち砕かれ、それ以来ずっと86恐怖症である。
というわけで、そんな心の傷をいやすべく、今日は女々しくハチロクのガールポップを聴くことにする。ポップミュージックにおける「ハチロク」とは、要するに「8分の6拍子」の音楽のことで、「ツツツタツツ ツツツタツツ…」と刻まれるドラムに心地よい独特の「揺らぎ」が生まれる。この「揺らぎ」がキュートなガールポップと抜群にマッチし、トヨタ86で砕けた私のハートに染みていく。全国のAT限定男子に聞いていただきたい5曲。
竹内まりや「リンダ」
- アーティスト: 竹内まりや
- 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
- 発売日: 2008/10/01
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「涙のワンサイデッドラブ」から始まり、最近ではNHK連ドラ『だんだん』テーマ曲となった「縁の糸」まで、数多くの名ハチロクを生み出している彼女だが、個人的な最高傑作はこれ。圧倒的正統派なガールポップ。にもかかわらず今なおコンテンポラリーに響き続けるのは、山下達郎のアレンジのなせる業。転調する部分でのまりや+達郎の一人多重コーラスは圧巻の一言で、ポップミュージックが持つ心地よさが全開にあふれる瞬間である。
もともとはアン・ルイスの結婚祝いも兼ねて、彼女に書き下ろした曲だが、「ハチロクの女王」に敬意を表して、今回はまりやバージョンを選出。アン・ルイスは割とすぐ離婚してるし。
aiko 「September」
「アルバム7曲目に収録されたハチロクの小品」という枕詞だけでもう胸がざわざわしてしまうが、その期待を裏切らない名曲。
未練タラタラの失恋ソングで、行き場のない恋心が切々と歌われる。その「行き場のなさ」こそこの曲のポイント。aikoはいつも「私とあなた」の中だけで曲を構築するが、「あなた」が完全に喪失したこの曲の世界で紡がれるのは、グラグラ揺れる「私」の心のみ。その揺れ動く心がハチロクの「揺らぎ」のリズムに乗って歌われるとき、聞き手はaikoの未練を追体験することになる。
心残りなのは もっと手をつなぎたかった
と過去を悔やんでみたり、
いつも元気だなんて 決して思ったりしないね
と怒ってみたり、対象者無き感情の振り子が揺れまくって揺さぶりまくる。たまらない。
この曲が収録されているアルバム『夏服』には、これ以外にも「密かなさよならの仕方」と「初恋」という3連バラードが2曲収録されているが、ハチロクの持つ「揺らぎ」という特徴がいちばん生かされたこの曲を選出した。サビの半音ずつ下がっていくコード進行が死ぬほど好き。
大塚愛「甘えんぼ」
後の「大好きだよ。」「黒毛和牛上塩タン焼680円」に連なる3連ロッカバラード作品の原点であり、その最高傑作。タイトル通りの劇甘バラード。
この時期の大塚愛が歌にするメインのテーマは「メンドクサイあたし」である。たぶん自立したバリキャリからは嫌われるようなアレである。その辺りが、ほぼ同時期に出てきて、ぱっと見のイメージはかなり近いaikoと比較すると、人気を維持できなかった要因かもしれない。ともあれ、聞けば聞いたであらがえない魅力がある。悲しいかな、男はメンドクサイ女が好きなのである。
ケンカするたび1人で大丈夫と
強がるあたしはなんだかかわいそう
なんて、どう考えても拗ねながらこっちをチラチラ見ているド級にメンドクサイ女のやり口である。サビも強烈で、
もっと強く抱きしめて もう離さないで
素直じゃないあたしは どうしようもなく 今甘えんぼ
という歌詞が3連のビートに乗って激情的に歌われるとき、空前絶後の勢いで床に転げまわりながら駄々をこねつつ「そんなあたしってかわいいでしょ?」と舌を出すメンドクサイ女が目に浮かぶ。とてもうっとおしい。だがたまらん。繰り返すが、男はメンドクサイ女が好きなのである。悲しいかな。
つじあやの「いつまでも二人で」
- アーティスト: つじあやの,奥田民生,斎藤和義
- 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
- 発売日: 2006/07/05
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一瞬「あれ?コニー・フランシスかなんかのカバー?」と思わせるほどのオーソドックスなオールディーズ風ハチロク曲。2000年代にこの手の曲を出そうと思ったことがすごい。間奏に語りを入れれば、完全に加山雄三の「君といつまでも」になりそう。
だが、このキュートかつレトロなのにあくまでナチュラルな音楽は、過去30年のJ-Popを通過したゼロ年代にしか生まれえなかったもの。つじあやのは、実はどんな曲でも基本形が「ウクレレの弾き語り」で、そこに何を足していくかという考え方でアレンジを組み立てるので、絶対に演出過剰になることがなく、彼女のナチュラルな魅力を損なうことがない。
語彙力なくて申し訳ないが、ヤバイくらい好き。こんなキュートな曲なのに、歌詞がほとんどストーカーなのもいい。
松任谷由美「Walk on, Walk on by」
個人的に90年代ユーミンのベストと押している曲。まるで一編の映画のような分厚い心理の交錯を、わずか5分のポップミュージックに押し込んだユーミンはやはり天才。
ストーリーとしては、「カレとのデート中に、カレの元カノとすれ違う」というもの。出だしの
気づかないでWalk on by 彼女の方を
あなたが全てを燃やしたひとと知ってるの
から、全力で切ない。この2行だけで状況と情況を完璧に聞き手に理解させる描写力はさすがとしか言いようがない。さらに
うでをくんで Passin’ by むこうも二人
あなたなど あなたなど もう忘れているみたい
に至って、この恋が「敗者同士の恋」であることが残酷にもさらされる。元カノに選ばれなかったカレ。だからこそカレに選ばれた自分。かくも折り合いのつけがたい恋に対してユーミンは、
カレンダーでもマティーニでも消せなかった
あなたにしか追い越せないまぼろしならば
台詞もないうちに通り過ぎてく
面影はひと幕のエキストラにしておいて
と、〈痛み〉を一幅の〈苦み〉として消化しようとする。大人だ。超一級の大人の恋の作法だ。この「折り合いのつけ方」の深さこそ、私がユーミンこそ日本最高の女性ミュージシャンであると断言する理由である。感涙。
オマケ 86のエンジン音でハチロクのリズムを刻んでみた
オマケというか、要はこれがやりたかっただけである。
義弟の86のエンジン音をサンプリングして作ってみた。記事をブクマしてくれれば無料でリズムトラックのwavデータを差し上げます。ブクマしてね!