うまいラーメン屋で聞けるBGM 3選+1
結婚すると、ラーメン屋でラーメンを食べる回数は激減する。その理由は様々だ。
一つには、男一人で暮らしていた頃から比べれば、そもそも外食というものの頻度が圧倒的に減るからかもしれない。
一つには、結婚するような年齢になると自分の腹回りや来月の健康診断のことといった、十代の時分には有り得なかった悩みを持つようになるからかもしれない。
一つには、上のような障壁を突破し、仮に王将かなにかの中華料理屋に立ち寄ることができたとしても、そこには天津飯・春巻き・八宝菜など、ラーメンのほかにいくつもの選択肢が立ち並び、それが子供の頃の自分にとっては信じられないような価値を持つようになり、もはやラーメンは不動の中華No.1ではなくなったからかもしれない。
そして一つには、あの油まみれのテーブルや、知らない漫画が巻頭を飾る古いジャンプや、どんぶりに顔を突っ込まんばかりの勢いで、ラーメンを無我夢中ですする学生たちに、過去の葬り去りたい、けれど消し難い自分を見て、苦い気持ちになってしまうからかもしれない。
だからこそ、非常に貴重な「ラーメン屋でラーメンを食す」という機会を得た際には、「今日、俺は、素晴らしいラーメン屋で、素晴らしいラーメンを食べた」という満足感を絶対に得て帰路につけるよう、全神経、そして五感を研ぎ澄まさなければならない。
自分はラーメンについて語る基準も持たないし、頼みの全神経及び五感も、だいぶぼんやりフワフワしている方だが、音楽だけは他人より多少嗜みがあると思っている。
そこで私は、店内に入った瞬間聞こえてくるBGMから、経験則でなんとかラーメン屋の「アタリ」「普通」「微妙」「ハズレ」のアテをつけるという特殊な能力を今日まで磨き続けてきた。
ある人は「ラーメンはスープでわかる」と言った。またある人は「ラーメンは麺こそ命」と言った。しかし、私のように、月に一度ラーメン屋でラーメンを食うことができるかどうかという人間にとって、スープにしろ麺にしろ、口に入れてから旨い不味いの判断をしていたのではあまりにも遅すぎるのだ。
これは、私と同じように、残り何回あるかわからない、「ラーメン屋でラーメンを食す」という貴重な体験を前に逡巡するオッサンたちに贈る、私からのささやかなアドバイスである。
ラーメン屋でこれがかかっていればたぶん「アタリ」の音楽 3選+1
・奥田民生とその関連
ユニコーン、井上陽水奥田民生、奥田民生がプロデュースしたパフィーの曲等でも可。
キャッチ―でわかりやすいヒット曲を量産できる、ポール・マッカートニー的センスを有しつつも、へヴィで歪みきったアレンジと、意味深長なようでエキセントリックかつナンセンスな歌詞でお茶を濁す奥田民生のファンは、優れた大衆感覚を持ちながらも、ありきたりになりすぎず、趣味のよい適度な範囲でそこから「はずれる」ことができる感覚の持ち主が多いとみた。ラーメン屋に入って奥田民生が聞こえたら、ベーシックな「醤油ラーメン」をおすすめする。懐かしさの中にも新しさを感じる、素晴らしい味を堪能できるはずだ。
・デューク・エリントン他、ビックバンドジャズ
最近はとみにモダンジャズのかかっているラーメン屋が増えたが、たいていは「こんなん流しとけばおしゃれっしょ」というような安易なものが多くてうんざりする。
とくにエヴァンスの「ワルツ・フォー・デビー」なんかがかかっているような店は、悉く、見た目は華やかで女子受けしそうな割に、「ラーメンを食った」という実感の乏しい、非常にパンチの弱いラーメンを出してきやがり、「ワルツ~」への風評被害も甚だしい。エヴァンスと、僕の大好きなベーシストのスコット・ラファロにはしっかり謝っていただきたい。
そんななかで、デューク・エリントンやカウント・ベイシーなどのビッグバンドジャズをBGMの主体に据えるラーメン屋は、「ラーメン屋」というものに不必要な、過剰な気負いがなく、「古かろうが女子受けがそれほどでもなかろうがオシャレじゃなかろうが、いいものはいい」という、確固たる信念を持っている。そもそも、ビッグバンドジャズは「みんなで踊れる」を身上とした音楽であり、「みんなで楽しくラーメンを食してほしい」という店主の気遣いが伝わるのも好印象。この系統の店でお勧めしたいのが「塩ラーメン」。あっさりとしたなかにも、さりげないこだわりと、飲みすぎたおっさんたちへの気遣いが感じられるさりげない隠し味が効いていて涙を誘う。日常に潜む小さな「村上春樹感」を見つけられるのもポイント。
・矢野顕子
というかこの一曲。
これはまあ「どんなラーメン屋でもラーメンが旨く感じる曲」かもしれない。
深夜に絶対聞いてはいけない曲じゃないだろうか。
まあ、なんか記事の趣旨とは違うが、一回これがかかっている店に遭遇した時は「もう、多少のことには目をつぶるから、とにかく今すぐにラーメンがたべたい」という念に取りつかれてしまい、味のことは覚えていないが夢中で食ったことだけは覚えている。もちろん山ほどネギとニンニクをかけてもらったのは言うまでもない。
・BGMなし
元も子もないことを言うようだが、何も音楽がかかってないラーメン屋のラーメンは、経験上間違いなく旨い。だいたいラーメン食う時に音楽なんて必要ないのだ。同様に、音楽を聴くときにラーメンなんか必要ない。小汚い床、脂ぎったテーブルに置かれたべたべたのコショウと七味。首をもたげると見える小さなテレビ。ラーメン屋はこれで必要十分。
音楽は集中して向き合うべきものであり、ラーメンもそれは同様。山下達郎は自分のライブを「客との果し合い」と称したが、優れたラーメン屋の店主も恐らく同様のことを考えているはず。客に極限の集中、自分のラーメンに向き合ってもらいたいという思いがあれば、そこに音楽なんてものが立ち入る隙はない。山下達郎のライブ会場でラーメンをすすっている客がいれば間違いなくボコボコにされるだろう。それと同じだ。
どうしても音楽が欲しいなら、ジョン・ケージの「4分33秒」でも延々リピート再生するがいい。
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今日のところはこの辺で。
次回は、「ラーメン屋で流れていると危険かもしれない音楽」をご紹介します。